セフレと同棲5年の女。突然結婚しました。

結婚恋愛日常あれやこれや

アメリカの精神病院に入院した2: 2013年5月

何ページも入院中に自分のかんがえてることをひたすら紙に書いていった。
とにかくあたまにうかんだすべてのことをひたすらかいてかいて書きまくった。
なのでちょっとそこから抜粋して、のこしておこうかなーとおもいまーす。

1ページ目
自分のことはよくわかっているつもりでよくわからない。
死にたいのか生きたいのかよくわからない
周りの期待に添える人間でないことがわずらわしい
死んで迷惑をかけることになるのと
この調子のまま生きて長い間迷惑をかけるのはどっちがいいだろうと考えた末に
死んだほうがきっといいとおもった。
別に生きたくはないけれど、
友人が声をあげてないてるのをみたときは
それはみたくないなぁとおもった。
でもこの死のうっていう死にたいっていう気持ちをとめるものはそうそうないとおもう。

ヘロイン中毒のひとのデトックスこわい、吐いてる声が廊下に響いてる。

2ページ目
自分の手が少しふるえてる。なんでだろう。
しかも夜中の1時におきた。
おきてそとにでると、ずーっとゆっくり廊下をいったりきたりしておこられてるひととか
眠れなくて睡眠薬をもらいにいってるひととかがいた。
自分よりシビアなひとの顔はマジですごい。
憔悴しきっているという言葉がぴったりだ。
自殺せずにいる理由ってなんだろう。
私は普通に生きたいのだろうか。
城を見つけることができるのか、城が幻想だったらどうするんだ。

家族にこのことをいわれるのがとにかく怖い
きっとわたしのまわりのひとはいわないだろう。
わたしの気持ちと言葉を信じてくれるだろう。

ここの夜はすごく静かで、何も考える必要がない。
幸せだったのになぁー。なんでこうなったのかぶっちゃけわからん
がんばらなくてもいきれないものか。
死んだ親友なら、きっとわたしが書いてることにうなずいてくれるだろう。
私も彼女の言葉をうなずいてきいた。
そして彼女はしんだ。
そんでわたしも死にたい。
生きることも死ぬこともどっちも特別なことじゃないし同じことだと思うけど。
死んだあとのことはわからんし、未来のこともわからんし。一緒だなぁーっておもう
じゃあなんでわざわざ死ぬtてほうをえらんだのかってはなしだ。

アメリカの精神病院に入院した1: 2013年5月

アメリカの精神病院的なところに入院してました。
5日ほど。
これは何ヶ月かまえのはなしだけどね。

この病院はヘロイン中毒、アルコール中毒、精神病の患者さんたちが
最低72時間入院して、共同生活をおくって、日常に戻れるようにグループワークや、リハビリを
するところです。

まず最初に救急でメディカルクリアランスをもらいました。
基本的な診断をうけて、治療が必要かどうかをチェックします。

そのあと担架にのせられて救急車で5分ほどの場所へ移動。
逃げる可能性があるので、救急車にのるみたい。

わたしがいったときはちょうど晩御飯の時間帯で、
みんながごはんをたべてました。
その横を担架ですりぬけるわたし。
けっこうみんな挨拶してくれたw

入院手続きと、もってきた荷物チェックをうけたりして。
ひものついてるものや、危険なものをもたないように。
鏡も中にあるのは割れないもので、ペンも安全を考慮してつくられているものです。
自殺願望があるひとがわりとおおいので、安全面はとにかく確保するように設計されてました。
電話もパソコンも持ち込み禁止なので、
外とのつながりは、1日1時間くらいの面会と、3つある公衆電話。
これが意外ときつかった・・・。

入院してた仲間は、すごいフレンドリーで最初の何日かは、精神疾患をもってるとは
おもえなかった。
(明らかに、腕に傷がめちゃくちゃあったりとか、ヘロイン中毒、アルコール中毒のひとは
みためでわかりやすかったけどw)
アルコール中毒のひとがわたしのあとにきて、彼女は手が震えてベッドカバーが
つけれなかったからつけてあげた。
すごく感謝されて、そのひとからはつねにSweetieとよばれていた。
面会のとき差し入れで日本のお菓子などを友人がもってきてくれたので、
それを分けたりとか、みんなでごはんをたべるようにしたら
なぜかFlowerって呼ばれるようになってw
なんとなくみんな優しさのあんまりない世界でいままで生きてきたんだろうなぁっていうのが
わかった。
わけたり、助けたり、っていうのを経験してないから、
だれかが優しくしてくれるなんてことは信じることができないのかもしれない。

みんなとの会話はわりとシュールなところからはじまった。
まずはなんでここにいるの?っていう質問からはじまり
「銃で自殺しようとして失敗した」
「包丁で首を刺した」
「意識がなくなるまで薬と酒をのんだ」
「ヘロインがやめられない」
「リハビリから退院したその日にあびるほどお酒をのんだ」
などなど。
とにかく普通のトーンではなしてくれる。
こんなシュールな光景みたことない。
死んだらだめだよ、というその人も自殺未遂でここにきているのだ。
なんかおもしろい。

精神系の病気のひとも、ひととかかわるときは
明るい人もいるけれど、一緒に生活をしてると
みえてくるものがある。
ひとりで座っている彼らをふとみると、あぁこのひとは死にたいんだろう。とおもえる。
影がそこにだけおちているような、不自然な暗さがあった。

子供がいても、リハビリに通っても、
何度も戻ってきてしまうひともいる。
弱い人間なのかもしれない。
病院にいくら入院しても、根本が解決されないと結局意味がないのだ。
彼らが抱えてる問題がそのままになっているなら、おなじことを繰り返すだろうし
きっとそれは自分にも言える。

たぶん続く。

愛のある罰 2013年9月

罰はあたらないし、そういうものはない。
だから自分で、罰を受ける。
そうしたらなんとかバランスというものが保てるのだと思う。
利己的ですけど、罰すら自分で選ぶ。

 

もうすぐ死ぬとしたらなにがほしいですか?
私は、とにかく、愛されたいです。
誰かが何かを犠牲にしてまで私を愛してほしい。
受け入れてほしい。
頭をなでたり、縛ったり。
心のそこから、愛されてると思いたい。

愛のある罰を与えてくれる人が必要なんです。

ごめんなさい
許してください
私は悪い子です

とひたすらつぶやき続けたい。

 

私の、父親はいったいどこにいるんだろうか。
「わたしのこと、思い出してくれたときはありますか?」
「わたしは、愛されていましたか?」
とききたい。

 

 

村上さんのパクリだけど

自殺より、セックス。でいいなら、それでいいのかもしれない
苦しんでる暇がない。

死にたい、苦しいとおもうなら、どんなかたちでも
わたしはそれを片付けていく。
そこから逃げる。

2013年9月

事が終われば、過去が美化されて
寂しくなったり、
 
苦くて、切なくて、苦しくて、大きらいなものでも
すべて甘い思い出に代わってしまったり。

でもそれをいいはじめたら本当にきりがない。
今おもっていることは全部胸にしまって、
こっそり先に進もう。

2013年10月

お先に失礼しますね。
ってこっそりと、誰かに、言う。
誰かにいってるのか、自分に言ってるのかわからないけど。

過去とか、人とかいろんなものにこっそりいう。
わたしはどこからか旅立ってまたどこかにいく。
今いるところが何か違うなら、お先に失礼しますと席をたてばいいのだ。


そんなこんなで、帰ってきた。
日本です。大阪です。
ホテルに仮住まいです。
わたし、どこにいくんだろ!
わかんないけど、自由なのか、不自由なのかわかんないけど
ここにきました。


関空について、そとにでるとき、足が震えて、心臓がばくばくいって
ここにいていいのか、もどれないけど、これでいいのか
むしろそんな質問何の役にも立たないとか思いつつ
泣いた。

とにかくこわい。こわかった。
なにがおこるのかわからないことというか、
自分が「お先に失礼します」っていっちゃって
ここまで、なんだかきてしまったこと
そんな突然冒険しだした自分自身に戸惑いとか、感動とかもろもろの
感情があわさって、こわかった。

門出はいつも謙虚に。


わたし、すこしだけ先に進みますね。
多分、きっと、自由になれるから。
たくさん愛されたいから。
自分の人生だから。